大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)2963号 判決 1982年9月27日

原告

伊熊清一

右訴訟代理人

杉原尚五

須々木永一

被告

神奈川県信用保証協会

右代表者理事

水島秀雄

右訴訟代理人

楠田進

村田武

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地がもと原告の所有であつた事実、訴外銀行と東商事の間で三〇〇〇万円の貸付けがなされた事実、右貸付けに関し、東商事と被告との間で保証委託契約が締結され、右保証委託契約に基づいて被告が右貸付けについて東商事の連帯保証人となつた事実、被告が右連帯保証に基づいて東商事の債務を代位弁済した場合に取得する求償権について原告が連帯保証人兼担保提供者となることが原告と被告との間で合意された事実、原告と被告との間で本件土地につき極度額を三五〇〇万円とする根抵当権設定契約が締結され(その被担保債権の範囲は暫くおく)、本件登記がなされた事実、被告が原告主張のとおり訴外銀行に対し一四四一万〇八二七円を代位弁済し、東商事に対し同額の求償権を取得した事実、本件根抵当権が確定した事実(確定の日は暫くおく)、原告がその主張のとおり被告に対し右求償権元本を弁済し、被告から右元本に対する損害金の免除を受けた事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、本件根抵当権は昭和五四年九月二九日取引の終了により確定した事実が認められる。

二そこで、本件根抵当権の被担保債権の範囲について検討する。

まず、<証拠>によれば原告と被告との間に作成された本件根抵当権設定契約書には、本件根抵当権の被担保債権として被告と東商事との間の保証委託取引による一切の債権と記載されている事実が認められる。そして、右記載をその文言どおり解すると、右は民法三九八条の二の二項後段の一定の種類の取引を指定することによつて被担保債権の範囲を定めたものと解されるので、右文言に従えば、指定された種類の取引である被告と東商事との間の保証委託契約に基づいて被告が東商事に対し取得する債権は本件根抵当権設定時に既に発生しているものから将来根抵当権確定までの間に発生するものまで一切が本件根抵当権の被担保債権に含まれることになる。

原告は、本件根抵当権設定契約書に右のとおり記載されていることは認めながらも、右の記載は保証協会のなす大量の保証事務の迅速な処理の必要上記載された例文であつて、原告と被告との間の本件根抵当権の被担保債権に関する真の合意は本件根抵当権設定契約に先立つて原告と被告との間で締結された保証委託契約によつてなされており、右契約によれば本件根抵当権の被担保債権は東商事が訴外銀行から受ける三〇〇〇万円の融資に関し被告のなす保証に基づいて被告が東商事に対し取得する求償権に限定されていると主張する。そして、<証拠>によれば、本件根抵当権設定契約に先立つて、被告と東商事、原告、小沢両名との間で保証委託契約が締結されたが、右委託契約によれば、東商事が訴外銀行から三〇〇〇万円の貸付けを受けるについて被告に保証を委託すること、被告が右貸付けについて保証に基づいて代位弁済をなし求償権を取得した場合には原告及び小沢両名は東商事と連帯して右求償債権を履行し、原告は右求償債権を担保するため物件を提供することなどが約されている事実が認められる。

しかしながら、保証協会の保証に関し締結される保証委託契約と根抵当権設定契約は互いに関連をもつにしても各別になされる別個の契約であること、特定の債権についての保証人の求償権は特定された法律関係から生ずる特定の債権であるから、これを被担保債権とする抵当権はその設定時において将来具体的に発生する求償権の数額が確定していないとしてもなお根抵当権ではなく普通抵当権と解するのが相当であること、保証協会は中小企業者等が金融機関から貸付等を受けるについて保証をすることを主たる業務とするものであるから、一般に同一の委託者に対し反覆して保証をなす可能性があるので、反覆してなされる保証によつて生ずる可能性のある求償権について予め根抵当権を設定して包括的に担保を確保しておく効用があること、信用保証協会のなす契約は通常定型的な契約であると考えられるから、このような場合特定の債権の保証に基づく求償権のみを被担保債権とする普通抵当権を設定するための定型的な契約書用紙を作成しておくことはさほど労力を要することではなく、根抵当権設定契約の形式をとるか普通抵当権設定契約の形式をとるかによつて事務処理上大きな差異があるとは考えられないことなどを考慮すると原告の指摘するような保証協会のなす契約の定型性、契約相互の有する関連性、大量な事務の迅速な処理の必要性などの特色を十分考慮に入れても、当事者が根抵当権設定契約の形式をとつている場合には、それでもなお当事者が特定の債権のみを被担保債権とする意思であつたことを認めるに足りるような特段の事情のない限り、当事者は契約の形式どおり不特定の債権を担保するための根抵当権を設定したものと解するのが相当である。そして、本件根抵当権について原告と被告が前記のような被担保債権の表示にも拘らず、原告主張のような特定の債権のみを被担保債権とする意思を有していたと認めるべき特段の事情は認められない。

したがつて、本件根抵当権の被担保債権は被告主張のとおり被告と東商事との間の保証委託取引に基づいて被告に発生する一切の債権であると認められる。

三そして、これまでに認定した事実と<証拠>によれば、被告はその主張のとおり本件根抵当権設定以前に代田所有地について本件根抵当権と被担保債権を同じくする極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定し、その旨の登記を了したこと、そして、東商事は被告主張のとおり被告の保証のもとに住友生命から二五〇〇万円を借受けたが、この借入れについては被告、代田、小沢両名が連帯保証をしたこと、その後、被告は原告との間で本件根抵当権設定契約をし、その旨の登記を了したが、代田根抵当権と本件根抵当権については互いに共同担保の登記なされていないのでいわゆる累積根抵当であるとみられること、東商事は前記のとおり訴外銀行から三〇〇〇万円を借入れたが、右借入れについては被告、原告、小沢両名が連帯保証をしたこと、被告と東商事、代田、原告、小沢両名の間には被告主張のとおり被告の代位弁済による求償関係について被告には負担部分がなく東商事らが代位弁済額及びこれに対する損害金について求償に応ずる旨の特約がなされていること、右各借入れについては被告主張のとおり分割弁済並びに期限の利益喪失の特約がなされていたが、東商事が期限の利益を失い、請求を受けた被告が各借入れ残債務について代位弁済をしたこと、被告主張のとおり代田根抵当権が確定し、代田が被告に対し被告が住友生命に対し代位弁済をしたことにより取得した求償債権元金及び約定の損害金合計二〇七四万六〇八四円を完済したことなどの事実が認められる。

右の事実によれば、代田はその弁済額二〇七四万六〇八四円を連帯保証人小沢両名、連帯保証人兼担保提供者代田、担保提供者原告の頭数に応じて按分した一人につき五一八万六五二一円の範囲で小沢両名に対しそれぞれ被告が有していた求償債権を代位取得し、原告との関係では互いに担保提供者として右弁済額のうち残りの一〇三七万三〇四二円を代田所有地と本件土地との価格に応じた範囲で原告に対し被告の有する求償債権を代位取得し、これに伴つて本件土地について右求償債権と同額の確定根抵当権を取得したことになる。

したがつて、その後原告がその主張のとおり訴外銀行からの借入れについて被告が取得した求償債権の全額を完済したとしてもそれだけで本件根抵当権が弁済により消滅したということはできない。

そして、原告は他に本件根抵当権の消滅事由を主張していない。

四以上のとおりであるから、本件根抵当権が弁済により消滅したことを前提とする原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小田原満知子)

目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例